冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
「蝶子ちゃんの幸せを邪魔したいわけじゃない、それは断言する。なんか昔の自分を思い出しちゃって、距離感を見誤ったというか……けど、蝶子ちゃんは昔の俺じゃないもんな」

 蝶子は少しだけ顔をあげて、彼を見た。沙良は本当に申し訳なさそうに所在なさげにしていて、今の言葉に嘘はないことが伝わってきた。

「心配してくれたこと自体には感謝します。でも、今日はもう帰ります。残った仕事はきちんと家で終わらせますので」

 蝶子は椅子から腰を浮かせると、沙良に頭をさげた。怒っているわけではないが、このままここで仕事をするのは気まずい。それに、なんだか身体が重くて意識が朦朧としていた。

「――もうここには来ない?」

 そう言った彼の目は捨てられた子犬のようで、蝶子ははっとする。心に抱える寂しさを自覚しきれずに持て余す。そういうところは、たしかに彼と蝶子はよく似ていた。
 蝶子はまっすぐに沙良を見て言う。

「明日また来ます。引き受けた仕事を途中で投げ出すつもりはありません」
「そっか」

 無邪気に安堵する表情を見せる沙良に蝶子は少しだけ頬をゆるめた。
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