冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
「それはいいんです。むしろ、私は幸運なほうでした」

 両耳に影響が出たり、完全に失聴してしまう人も多くいるのだ。日常生活に問題ないレベルで聴力の残っている自分は恵まれているほうだろうと蝶子は思う。

「ただ、この耳はお母さんのいなくなったあの日の記憶と結びついているので、それは少しつらいです」

 蝶子は自身の左耳に触れながら言う。晴臣は気遣うような声でそっと問いかける。

「お母さんがなぜ出ていったのかはわかっているのか?」

 蝶子はかすかに震える声で答えた。

「会社のお金を横領して逃げたのだと、父が……」

 そのせいで会社が危うくなったと公平は激怒していた。その後、公平は小夜子の置いていった離婚届にサインをし、ふたりの離婚は成立した。
< 157 / 188 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop