冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 彼の背中が遠ざかっていく。

「あっ、待ってください」

 蝶子は勢いよく上半身を起こし、そう叫んだ。握り締めたこぶしが小刻みに震える。考えるより先に声が出てしまった。少し驚いたように振り返った彼に、蝶子は慌てて言葉を探す。

「違うんです。嫌だなんて思ってません。むしろこうして一緒にいてもらえて、うれしくて……あっ、でも引き止めているわけではなく晴臣さんはお忙しいし――」

 支離滅裂だったが、蝶子にしてはかなりの勇気を振り絞った。彼に嫌われるのは仕方ないが、自分が彼を嫌っていると思われるのだけはさけたい一心だった。
 晴臣はもう一度蝶子のもとへ戻ってくると、先ほど座っていた椅子に腰かけ直す。

「君に仕事の心配をしてもらう必要はない。話せ」

 彼にまっすぐに見つめられ、蝶子の鼓動は急激にスピードを増す。それを抑えるように、蝶子はゆっくりと深呼吸を繰り返した。気持ちを落ち着けてから、あらためて晴臣に向き直る。

「アレルギーのことを黙っていて、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。その、外で食事をする機会があまり多くはないのでうっかり失念してしまっていて……」
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