冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 蝶子はひとり暮らしに憧れていたので夢が叶ったともいえる状況なのだが、想定以上に蝶子の心は沈んでいる。

(仕方ない。お医者さまは忙しいもの……)

 一緒に暮らすという言葉から蝶子は恋人同士の同棲生活を想像し、勝手に期待を膨らませてしまっていたが、実態はただの居候だ。

(婚約者って、いつまで思っていてもらえるかなぁ)

 蝶子はなんだかすっかり自信を失ってしまっていた。ちょうどそのとき、玄関ドアの開く音がして、リビングにいた蝶子は慌てて玄関へと走った。

「お、おかえりなさい!」

 勢い余って飛び出しそうになった蝶子の姿に晴臣は少し驚いた顔をする。

「――ただいま。そんなに焦って、なにかあったのか?」

 蝶子は恥ずかしさに身を小さくしながら、つぶやく。

「いえ、その、晴臣さんの早い帰宅がうれしくて」

 正直に答えると、晴臣はふっと口元をゆるめて蝶子の頭をポンポンと叩いた。

「ひとりで退屈か」
「いえいえ、そんなことは決して!」

 蝶子はふるふると首を横に振る。靴を脱いで部屋にあがった晴臣が横目に蝶子を見おろした。

「そこまで言い切られると、それはそれで傷つくな」
< 55 / 188 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop