冷徹ドクターは懐妊令嬢に最愛を貫く
 晴臣は余裕を持って約束の十九時より十分は前に店に着いたが、彼女のほうが早かったようだ。通された席には、撫子色の訪問着を着た若い女性が姿勢よく座っていた。

「観月……蝶子さん?」

 彼女は席を立ち、ゆっくりと晴臣を見る。視線が交わるその瞬間、晴臣は思わずごくりと息をのんだ。
 決して派手ではない、化粧も髪型も控えめで二十代の女性としては地味すぎるくらいだろう。だが、えもいわれぬ色香が晴臣の目を釘づけにする。散る瞬間を待つ満開の桜のような、儚げな魅力が彼女にはあった。

(なるほど。あの少女が成長するとこんなふうになるのか)

 晴臣は無意識のうちにすっと背筋を伸ばす。極上の芸術品を前にしたときと似た気分だった。

「えっと、初めまして。いや、初めてじゃないんですよね」

 鈴の音のような声も耳に心地よい。軽くパニックを起こしかけている彼女を落ち着かせるように、晴臣はゆっくりと口を開く。

「初めまして、でいいだろう。有馬晴臣だ。今夜はわざわざどうも」

 晴臣が握手を求めると、蝶子はおずおずとその手を取った。彼女の白く柔らかな手が、晴臣の身体の芯をかすかに刺激する。彼女に気づかれぬよう、晴臣は浅く息を吐く。

(なんだか……調子が狂うな)

 気を抜くと、彼女の発する甘い匂いに酔わされそうだ。

「観月蝶子です。こちらこそ、お忙しいなか申し訳ありません」

 ぬれたような黒い瞳を直視できず、晴臣はわずかに視線をそらす。
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