ちょうどいいので結婚します
「そっか、じゃあ、そうするね」
 千幸がそう言うと良一はあちゃーと顔を手で覆った。
「嫌なら嫌って言えよ? 何されてもはいはい従うなよ?」
「ふふ、何されるの? 一柳さんすごく無害そうな人だよ」
 
 良一が小さくため息を吐く。
「あのなぁ、無害《《そう》》と無害は違うからな。結婚して豹変するやつもいる。でなきゃモラハラやDVで離婚する人なんていないはずだろ。とにかく、いくら惚れ込んだ男でも“NO”はNOとはっきり言えよ?」
 千幸はあまりに飛躍する話にクスクス笑ったが、良一の刺すような視線に
「はい」 
 と返事をした。良一は
「っとに、大丈夫かよ」
 と、ぶつぶつ言ったがあまり言うと水をさすように思ったのか
「ま、服だったな。服」
 と棚に向き直った。

「良ちゃん、スカートあっちだよ」
「いや、あっちは長いスカートじゃん」
「そうだよ。だって長くないと床に座ったとき落ち着かないもん」
「は、床になんて座らないだろ。どんなシチュエーションだよ。和室の店か?」
「ん? 彼のおうちに行くんだよ。ソファとか椅子かもしれないけど、床も想定しておかなくちゃ」
「ふぐっ」
 良一から変な音が出て、千幸は首を傾げた。

「どうしたの、良ちゃん」
「家、行くのか?」
「うん。色々しなきゃならないから、ゆっくり出来る所って一柳さんが」
「《《色々》》!? 《《出来る》》だと!? 」
「うん、結婚するから準備とか決めなきゃならないことが多くて」

 良一は細く長い溜息を吐いた。そうだった、そうだった。と自分に言い聞かせるように呟いた。
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