消えた未来
「ねえ侑生、もしかして、織部さんのこと」

 蘭子は恐る恐る聞いてきた。

「ごめん、蘭子。それは気付かなかったことにしてほしい」

 蘭子は口を噤む。

 それは、俺自身にも言い聞かせていることだった。

 いや、忘れろと言うほうが正しいのかもしれない。

 とにかく、俺は織部さんへの気持ちに蓋をすることにした。

 だけど、病院に戻っても、なにをしていても、忘れることができなかった。

 いつも見せてくれていた満面の笑みが何度も頭をよぎり、癒された。

 最後の傷付いた顔が思い浮かぶと、大きすぎる後悔に押しつぶされそうになった。

 そのたびに、織部さんにとって、俺は最低な人間となったのだから忘れようと思ったけど、結局忘れられないでいた。

  ◆

 久我君は、そこで言葉を止めた。

 話が終わったのはわかるけど、久我君の病気のことを聞いたときと同じように、なにから切り込んでいけばいいのかわからない。

 言いたいことがありすぎる。

「そういえば、まだ言ってなかったよな。嘘とはいえ、最低なことを言ってごめん」

 私が迷っている間に、久我君が謝った。

 私は久我君だけが悪いとは思っていないから、首を横に振る。

「私のほうこそ、久我君の気持ちも考えずに暴走して、ごめんなさい」
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