酔いしれる情緒



思っていた通り、
唇を離した矢先にこの家の呼び鈴が鳴った。





「ほら、行って」





春に背を向け、鍵に手をかけた。

ヒヤリと冷たい感覚が指先に触れる。




モヤモヤがなくなってはいない。
スッキリもしていない。



離れる決意も、出来ているわけがない。



寧ろ鬱憤は溜まっていく一方だ。




ムカつく。腹が立つ。
時間があるなら罵倒したいくらい。




手放す気はない。

そう言ってたくせに……嘘つきって。





「…凛」

「早く行って」

「凛」

「由紀子さんが待ってる」

「凛」

「………………」





執拗いな。早く行けよ。



そう思いながらも


私が鍵を開けないのは、


ここから何かを期待しているからで。






「顔、見せて」






誘われて


言う通りにしてしまうのも


言葉通り、私の心はアンタにあるからで。



向き合えば、春は私の顔を見て一瞬目を丸くさせるとスグにふわりと笑った。




「なんだ、泣いてないのか」




生憎、そんな感情は持ち合わせてませんけど?




「残念。」

「(泣き顔見るために呼んだのかよ)」




クズだな。涙よりも舌打ちが出そうだ。





「いくら待っても涙は出そうにないんで、
さっさと行ってください」


「やけに早くサヨナラしたがるね?
久々に会えたばかりなのに。寂しいなぁ~」


「(お前に言われたくねーよ)」





真っ先にサヨナラを切り出したのはそっちだろうが。





通常運行に戻りつつある春に苛立ち、呆れて盛大な溜め息が出た。





なんかもう、アホらしい。


さっきまで落ち込んでいたコイツが
今じゃ口角を上げてニヤニヤと笑い始めたし。




キャラじゃないベタベタの愛の告白のようなことを言って、今更後悔。






─────でも、やっぱり。


その顔には笑顔が良く似合うなと思った。

< 215 / 325 >

この作品をシェア

pagetop