宿敵御曹司の偽り妻になりました~仮面夫婦の初夜事情~
その頃、陸は東京へ帰らずに別荘の離れにそのまま居残っていた。
「これまでも急に出かけるとか…こんな事があったのか?」
「そりゃあ、一花ちゃんは忙しくされてますから。」
うっかりいつも通り名前を呼んでしまった秋山は慌てて言い直した。
「奥様は、大学にお出掛けになったり、この夏は採用試験もありましたから
お忙しそうでしたよ。」
「…大学…採用試験…。」
陸が耳にした事のない言葉が次々に秋山の口から飛び出してくる。
「合間に、杉ばあの手伝いを嬉しそうにされてまして。
この前、奥様に頂いたキスのエスか…何とかは旨かったですなあ…。」
キスのエスカベッシュの事か?
秋山は、一花の手料理をいつも食べているのか?
一花の世話を頼んでいるとはいえ、何だか陸は面白くなかった。
「杉ばあっていうのは…。」
「ああ。略してますが、糸島杉さんといって本州側の町の商工会長の奥さんです。
糸島商店の女将でね、島でも有名なお人です。」
「ほお…。」
「昔、魚の行商をした先祖の苦労を受け継ぐとか言って、今でもリヤカーで
魚の行商をしている女傑ですなあ。」
では、一花はその大きな商店の息子の嫁候補?
たまたま離れの戸締りに来てくれた秋山と色々話しが出来た事で、
これまでの一花に対する疑問の一部が解けた。
陸は、秋山が帰るとすぐに秘書の風間に連絡を入れた。