今さら好きだと言いだせない
「結婚前の重要な時期にトラブルはまずい。向こうが俺を見初めたんだが、いわゆる“逆玉”なんだよ。すぐに式を挙げて婿にも入るし、順調にいけばあの海運会社はいずれ跡継ぎの俺のものになる。どうだ、前途洋々な未来だろ?」

 徳永さんがこんなに野心家だったのだと、このとき初めて知った。
 横浜にいる彼の恋人は、今の話をされた上、一方的に別れを告げられたのかと思うと気の毒でならない。実際の彼女の気持ちは私には計り知れないけれど。

「でも俺、町宮さんのことも半分本気だったよ。もし逆玉の結婚話がなければ、あきらめずに迫ってたかも」

 この期に及んでそう言われても、うれしくもなんともないし、彼の狡猾さにあきれるばかりだ。
 私が気を悪くしないように取り繕ってみたところで、完全にダブルスタンダードではないか。

「私は今、すごく幸せなので。徳永さんも奥様と幸せになってください」

 軽く会釈をして話を切り上げ、私は素早く徳永さんの隣を通り過ぎた。

 “幸せの形”が人それぞれなのはわかっている。だけど私にはそれしか言えなかった。
 これから結婚する女性が、徳永さんと結婚して不幸になったと思うことがないように、大事にしてあげてほしい。
 彼の女癖の改善は、なかなか見込めないかもしれないけれど。

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