今さら好きだと言いだせない
「たいしたことじゃないって。こうやってネクタイの位置を戻しただけだし」

 彼女は俺のネクタイに手をかけ、色香の含んだ表情でそれを締め直す。
 冗談でもこれをやるなと注意したばかりなのに、酔っているとはいえ、なにを聞いていたんだ。
 俺は衝動的に町宮の腰を引き寄せた。ほとんど無意識に、気がついたらそうしていた。

「町宮は隙だらけだな」

 本心では彼女のかわいらしい唇をこの場で奪いたかった。
 できることなら激しいキスで翻弄させたかった。俺しか目に映らないように。

 だが、寸でのところで頭の奥底に残っていた理性を引っ張り出し、方向を変えて彼女の頬にキスを落とす。
 高木さんと同じ野獣だと思われたくなかった、だなんて、俺は虚栄心が強いのだろうか。

 不意打ちは卑怯な気がした。酒が入ってるこの状況も。
 今は頬で我慢したけれど、次に同じことをしてきたら、そのときは力強く抱きしめてキスしてしまいそうだ。

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