溺愛結婚は突然に〜ホテル王から注がれる、溢れるほどの愛〜
*****
どれくらい時間が経っただろうか。
時計の無いカジノでは、時間感覚が無くなっていく。
「Next bets please(次のゲームの掛け金を置いてください)」
何度か勝ったり負けたりを繰り返している間に、私の目の前のチップは少しだけ増えたような気がしていた。
それなりに時間も経っただろうし、そろそろ辞めようか。
次が最後にしよう。そう思っていたところに、不意に隣から声がした。
「Banker(バンカーで)」
振り向くと、そこには一人の男性の姿が。
癖のある黒髪に切れ長の目。その黒い瞳は吸い込まれそうなくらいに綺麗なもの。ピシッとしたスーツが爽やかで、それでいて気品に溢れた佇まいの素敵な男性。
薄い唇の向こうから聞こえる流暢な英語でディーラーと会話しつつも、
「君は?賭けないの?」
と私に向かって微笑みながら日本語で話しかけてきた。
「あ……えっと、じゃあ……prayer(プレイヤーで)」
チップを動かすと、彼は
「やっぱ日本人だった。俺もなんだ。ここ座って良い?」
とテノールボイスを響かせる。
「はぁ……、どうぞ」
頷くと、彼は隣の席に腰掛けた。
「一人?」
「はい」
「その割には結構な正装してるみたいだけど。パーティーか何か?」
「……まぁ、はい。でも貴方も正装じゃないですか」
「そうなんだよな。俺さっきパーティー抜け出してきたから」
「……そう、でしたか」
このカジノには特にドレスコードは無い。だから私のようなあからさまなパーティー仕様の服装をしている人物はあまり見受けられない。
彼もパーティーを抜け出してきたなんて、こんなイケメンがいなくなったら会場は大騒ぎだろうに。
彼はその後もディーラーがカードを捲るのを面白そうに見つめながらも私に話しかけてくる。
このカジノは世界的にも有名だから、ディーラーからすれば同じテーブルに偶然日本人が二人いてもさほど珍しくははないのかもしれない。
自然にゲームを進めていく。
しかし私は慣れない環境だからか、家族以外の人とラスベガスで日本語を喋っていることになんだか違和感があり、落ち着かない。