Let's鬼退治!

第3話

「1回10点でコールドにする?」

「そしたら、めっちゃ試合終わるの早くならない?」

 うちのクラスには、全くプレイしていない子たちも残っている。

「じゃ、次から1回10点で交代しよっか」

 こっちのピッチャーは2回に交代に交代を重ねた末、再びいっちーがピッチャープレートの前に立った。

「アウト!」

 ようやくこっちにも攻撃回が回ってくる。

「どうするよ」

「とにかく1点だけでも取ろう」

 クラスで円陣を組み、気合いを入れる。

その最初のバッターが打席に着こうとした時だった。

ずっとベンチに座っていた細木が立ち上がった。

「貸しなさい。先生も参加します」

「は?」

 細木のくせに珍しく、女子の手からバットを奪いとる。

「先生はみんなの味方です」

 バッターボックスに入った細木に、相手ピッチャーは眉をひそめた。

細木は2、3度バットを振ると身構える。

「……。なにアイツ?」

「さぁ……」

 なんだかよく分からない気合いの入った細木に対し、三組のピッチャーは困惑気味だ。

そりゃそうだ。

あたしも相手ピッチャーに同情する。

それでも彼女は気を取り直したのか開き直ったのか、投球フォームに入った。

振りかぶってからの第一球、体育教師細木のバットは快音を上げ、大きく伸びた打球は場外へと消えてゆく。

それを見送った三組のチームは、ただただポカンとしていた。

シングルホームランを決めた細木は、ゆっくりとホームを一周し戻ってくる。

あたしと目が合った。

「先生、ボールが……」

 細木は神妙な顔つきのまま、ヒーロー気取りで黙ってうなずいた。

「だから先生は、お前たちの味方だと言っただろ」

「いや、そうじゃなくて……」

 元華族の大名屋敷跡に建てられたという学校だ。

広大な敷地は校庭を野球のグラウンド代わりにしても、まだ十分に余裕がある。

細木のボールはその先にある茂みの中へと消えていた。

城壁に囲まれているから、校内にボールがあるのは間違いないけど……。

「探してこないと」

「何を?」

「ボール」

「なくしたら探さないと」

 細木の顔が見る見る青ざめる。

あたしはため息をついた。

「試合中断して、みんなで探す?」

「いや、いいです。先生が探してくるので続けてください」

 そう言ってとぼとぼと歩き出したと思ったら、遠ざかるにつれ徐々にスピードをあげ、最終的には猛ダッシュになって消えていった。

さーちゃんとあたしは、また同時にため息をつく。

「ねぇ、どうする?」

 あたしはクラスのみんなを振り返った。

スコアボードには細木の入れた1点の文字が書き加えられている。

「コレ、いらんくね?」

「いらないよねぇ!」

 とたんに黙っていたみんなが声をあげ始めた。

「つーかなんで細木入って来た?」

「意味分かんねぇ。邪魔!」

「得点消しちゃう?」

「消そう消そう」

「そうだよ、消そうぜ」

 満場一致で合意したところで、あたしたちはもう一度円陣を組み直す。

「1点取るぞー!」

「おぉっ!」

 ようやく試合再開。

いっちーが守り抜いてくれているものの、バッターが打てないと意味がない。

相手の野球部の子はピッチャーポジションではないらしいけど、こっちが本気なら向こうも本気だ。

互いの応援にも熱が入る。

「いっけー、たかち!」

「走れ、走れ!」

 何とかバットにボールが当たるようになってきた。

塁に出る子も出始める。

大量の得点差は埋まらないけど、互いに遠慮は一切ない。

5回表、最後の攻撃が始まった。

あたしはベンチで拳を握りしめ、ハラハラしながら成り行きを見守っている。

細木が帰ってきた。

「なんで俺の得点が消えてんだ?」

「は? あんなの、ノーカンに決まってんでしょ」

「なんでだ。俺がちゃんと1点入れただろ。なんでなかったことになってる?」

「もー、ちょっとうるさいよ」

 今はそれどころじゃない。

あたしに出来ることはもうないから、全力で応援中なのだ。
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