腹黒梨園の御曹司は契約結婚の妻を溺愛したい
その言葉を聞いた瞬間、プツンと頭の中で何かが切れる音がした。それって、私にも自由にしていいけど、左右之助さんもまだ遊びたいってこと!?
「貴女は僕や梨園の都合だけで結婚させられたに過ぎません。ですから、できる限りそれに報いたいと……」
「ふざけないでもらえますか」

本当はふざけんなこのヤローくらい言ってやりたかったけど、なんとか踏みとどまって彼を睨みつけるに留めた。左右之助さんの心遣いで少し小さくなっていたモヤモヤが復活して、胸の中で爆発したのがはっきりと分かる。
「そもそも貴方が、ホテルに行ったこと週刊誌にリークした張本人でしょうが!?」
カマをかけるために、あえて断定的に言うと左右之助さんの顔からスッと表情が消える。
「な……ぜ」
明らかに動揺している。誤魔化すこともできずに、左右之助さんの口から呆然と呟きが漏れた。

「メッセージアプリのポップアップを切っておくべきでしたね」
「なるほど」
それで全て察したらしい。やっぱりこの人は頭がいい。頭はいいけど、人の気持ちは分からないのかもしれない。
「それに記者会見の後、記者さんと駐車場の隅でこそこそ話してるのを見ました。その人、確かホテルのロビーでも見たと思います」
「目敏いですね」
「どうしてそんなことを?」
「どうして?」
左右之助さんが不思議なものでも見るように私を見る。

「必死だったんです」
「週刊誌に自分たちを売るくらい?」
「ええ」
「結婚相手を騙し討ちにするくらい!?」
「そうです」
「だったら、最初から全部正直にぶっちゃけてくれればまだよかったのに。澄ました顔で私を誘惑してる場合じゃないでしょ。僕は今、なりふり構ってられないんだって言えばいいじゃない!!」
一度決壊した気持ちはとどまるところを知らなかった。彼を詰るための言葉が次から次へと考えなくても浮かんでくる。

「正直に話したら、協力してくれましたか」
「少なくとも、こんな嫌な気分にはならなかった。結果的に協力する気になったかもしれないです」
たとえ契約結婚でも、これから少しずつ夫婦になれたらって思ったのに。私の部屋を用意してくれたり、こうして私の好きな本に思いを寄せてくれたり……ここに来て、ほんの少しだけ望みが見えたような気がしていた。そんな優しさのある左右之助さんとなら、もしかしたらって。
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