政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。
 嫌だとごねたら聞いてくれるのだろうか。

 けれど、この場所までわざわざ連れてきた浅緋に、そんなことは言えないと思った。

「いいんですか?」
「はい。あれには法的な拘束力はないと弁護士さんに聞いています」

 そこまで確認していたのか……。
 片倉には返す言葉はない。

「おっしゃる通りです」
「それなのに、そこまでして父の遺志を大事にして下さったこと、感謝しています」

 桜の木を背にして、浅緋は片倉に頭を下げた。
 片倉は自分の身体の横でぎゅうっと拳を握りしめる。

──そうじゃない。それだけじゃない。

 強く握られた拳のその手の平の痛みがなかったら、浅緋にそんなことはしないでくれと、縋ってしまいそうなのだ。

「婚約は……破棄する、ということですか?」

 浅緋の茶色の瞳が揺れる。
 その揺れは感情の揺らぎであればいいのに、と片倉は願いのように思った。

 実際は数秒だったはずのその時間が、長く、とても長く感じる。

「はい。そうです」
 この綺麗な場所でそれを伝えてくれたのは、浅緋の優しさなのだろう。
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