僕惚れ④『でもね、嫌なの。わかってよ。』
***

「でね、僕は連れて行ってもらえなかったんだ」

 正直な話、交通費なんていくらかかろうと関係なかったし、彼女さえOKを出してくれたなら、僕は仕事なんて投げ出して、地の果てまでだってお供する気だったのに。

 ビールをグイッと(あお)りながらそう言ったら、真咲(まさき)が「それ、普通に社会人失格だから」と笑ってきて。

「僕は良識ある社会人になりたいわけじゃないんだよ。ただ葵咲(きさき)ちゃんのそばにいたいだけなんだ……」

 日頃葵咲ちゃんには呼び捨てで接しているくせに、心の中の声がダダ漏れて、思わず真咲にも「葵咲ちゃん」と言ってしまう。

 もう、それで構わないとか思ってしまう程度には、僕は弱っていたし、酔っ払っていた。

「そもそも今の仕事だって葵咲ちゃんに近付きたくて頑張った結果だし」

 言うと、「大学図書館の館長だっけ?」と返されて。

「そう、そこそこに大きな大学だよ。うちの学生、お前んトコの店に買いに来たりしてない? 僕に美味しい和菓子屋があるって教えてくれたのも、実は学生だし」

 うちの大学には茶道(サークル)がある。
 図書館のバイトに入っている茶道部の学生が、担当の先生が変わった関係で、本年度から茶菓子の仕入先が「たちばな(あん)」に変わったんです、と話してくれたのを覚えている。

 その時には屋号「たちばな庵」の「立花(たちばな)」が、真咲の旧姓「二ノ宮(にのみや)」と繋がらなくて、ピンとこなかった。でも、繋がりがあると知ってから考えてみると、真咲の実家も和菓子屋だと聞いたことがあるのを思い出した。もしかしたら、そういうご縁での婿養子だったのかな、とか思う。

 嫁取りじゃなく、婿養子……というのが少し引っかかったけど、真咲が話さないことをいちいち勘繰(かんぐ)るのも無粋(ぶすい)かなと思って、そこは深く追及しないことにした。
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