名無しのヒーロー ~シングルマザーは先生に溺愛されました~
「ごめん」
 こんな言葉しか出ない。美優を抱いた手に力が籠る。

 将嗣は、何も言わず私と美優を見つめていて、その間、私たち三人の空間の時が止まっているように感じた。

 将嗣が、大きく息を吐き出すと、再び時間が流れ出す。
 悲し気に揺れる瞳を向けられ、胸が締め付けられたが、言葉がみつけられずにただ見つめ返す。

 将嗣が、もう一度、深呼吸をした。
「夏希……」

「お前の事を泣かしてばかりで、ごめんな。俺が結婚していたのを隠していたのがバレた時も凄い泣いていたもんな」

「だって、不倫なんて思っていなかったから……」

「妊娠したのがわかった時だって、相談出来ずに泣いたんだろ」

「結婚している人に子供が出来たなんて、相談出来ないよ……」

 将嗣は、ギュッと拳を握りしめ、ゆらゆら揺れる瞳からひとすじの涙を流した。

「ごめんな……俺が、ちゃんと前の結婚を片付けていたら夏希の事を泣かせなくても済んだのに……いろいろ……遅すぎた」

 そう、私たち二人の関係は、いつも嚙み合わない。
 
「夏希を取り戻したくて、美優の良いパパになりたくて、頑張ったけど結局、事故に遭わせて、イヤな思いをさせただけだった」

 そして、私の指輪を見つめながら呟くように言った。

「アイツが夏希の事も美優の事も大事にしているの……わかるよ」
 
 私に抱かれている美優の頭を撫でながら、涙で濡れた瞳を美優に向ける。

「すっごい我儘だってわかっているんだけど、夏希があいつと結婚して、谷野夏希と谷野美優が、朝倉夏希と朝倉美優になるのは仕方ない。けれど、俺は美優の父親でいたいんだ。父親が二人になって美優が混乱するかも知れないけど、俺は美優の父親をやめたくないんだ」
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