御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
 結局、夏美は、夕方まで康子とおしゃべりを楽しんだ。舞はおやつのケーキを食べた後、昼寝してしまい、帰る時は眠そうな目をこすっていた。
 帰っていく康子と舞の姿を、夏美はベランダから見送った。懐かしい友人とのひとときは、夏美のエネルギーチャージになった。
「よし。がんばろ」
 テーブルの上のコーヒーカップや皿を片付けてしまうと、仕事場である自分の部屋に移動した。描きかけの、小説版『ICHIGOぶっく』の表紙だ。もう九割がたできているのだけれど、いちごの髪の毛の色味がどうしても気にいらない。そして、ひとつ何か色を決めると、他の色もまた違うのでは、と思ってしまう。
 堂々巡り、とわかってはいるけれど、ここで簡単に手放してしまうと後悔することになる。120パーセント力を出した、と言い切れるまでやらないと、後になって必ず「ああすればよかった」「こうすればよかった」と思うことになる。この一年で、随分、イラストの仕事も増えたけれど、悔いを残さないことの大事さを、夏美は痛感していた。
 今日の夜、隆は今やっているプロジェクトの件で出張に行っていない。
 夏美はこれから朝まで、イラストに向き合えることに感謝して、机の前に座った。

 朝方まで、色味は決まらず、何度も部屋の中をぐるぐると夏美は歩き回った。そして、最後の最後で「あっ、これ!」という色を、パレットに出せた。
 この最後のピースがはまる感じがやみつきになるのよね、と思いながら、夏美は仕上げにかかった。
 数時間後、とうとう表紙絵は完成した。はーっと、夏美は息を吐いた。時計を見ると、午前十時だった。リリス出版の戸坂に、午前中に渡せば間に合うことになっている。
 夏美は顔を洗い、身支度をして、リリス出版へ向かった。完徹したせいで、眠かったが、眠ってしまうと午後に起きてしまいそうだった。エナジードリンクを飲んで頭をしゃんとさせた。
 リリス出版のビルに到着し、絵本出版部のフロアに行くと、奥の席で戸坂がパソコンに向かっていた。
「戸坂さん、遅くなりました。これ、表紙の絵です」
「ああ、夏美さん。よかった。間に合いましたね。大丈夫だろうとは思ってたんですが」
「すみません。どうしても最後まで迷ったところがあって。でも、思い残すことなくできました」
 戸坂はそう言った夏美を見て、にっこり笑って言った。
「拝見します」
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