御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
 戸坂は、丁寧な手つきで、絵の描かれたパネルを袋から取り出した。
「ほう、これは…!」
 ごくり、と夏美は息をのんだ。
「ど、どうでしょうか?」
「素晴らしいです。いちごが、今にも飛び出してきそうですね。これなら、絵本のファンが絶対買うでしょうし、この小説版から読む読者も期待できるんじゃないですか」
「ほんとですか!」
 濱見崎も、チェックに厳しいが、このベテラン編集者、戸坂もまた、なかなかGOサインを出さないことで有名なのだ。戸坂にいい、と言ってもらえたら、とにかく何とかなるだろう、と思っていた夏美はようやくほっとすることができた。
「戸坂さんにいいと思ってもらえたら、すごく安心しました」
「いいと思いますよ。私もいいと思うし…私の姪も喜びそうだ」
「姪御さん、ですか?」
 戸坂が自分の身近な人の話をすることは珍しかった。
「ええ。『ICHIGOぶっく』の大ファンなんです。続編が出るよ、と言ったら早く読みたいってそれは楽しみにしています。もちろん、夏美さんの表紙も」
「そうでしたか。喜んでもらえるといいなあ」
 それから少し立ち話をした後、夏美は疲れているから、と帰らせてもらった。帰りのバスの中で濱見崎からのメールを受け取った。早速、表紙絵を見たようだ。「上出来」とひとことあって、夏美は心の中でガッツポーズをした。
 
「…夏美ちゃん。起きて」
 ソファに倒れるようにして眠っていた夏美は、隆の声で目を覚ました。
「あ…隆さん、帰ってたの…」
 眠りから覚めたばかりで、むにゃむにゃしながら夏美は言った。
「うん。出張、予定より早く帰れたんでね。表紙絵、完成したんだね。お疲れ様」
「うん、そうなの。隆さんにも早く見せたくて…あれ、どうかした?」
 やっと眠気のとれてきた目で隆を見ると、何だか浮かない顔をしている。出張帰りの隆はいつもだったら子犬のように夏美にじゃれてくるところだ。
 隆がいつになく、深刻な顔をしている。そして、言った。
「びっくりすると思うんだけど…夏美ちゃんの描いた表紙の絵がなくなったんだ」
 頭を殴られたような衝撃が走った。
「なくなった…?!何、それどういうこと」
「うん。僕も驚いてる。戸坂がちょっと離席している内になくなったらしい。戸坂も責任を感じて、絵を探し回ってる。明日には印刷する予定だったんだけど、それは、無理みたいだ」
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