御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
「誰かが持って行ってしまったってこと?」
「まったくわからないんだ。編集部も皆バタバタしていたから、誰も気づかなかったらしい」
「そんな…じゃあ、どうすれば」
「うん。濱見崎先生とも相談したんだけど、発売延期になるのはできるだけ避けたいんだ。夏美ちゃん、明後日までにもう一回、表紙絵を描けないかな。下絵とか、残ってる?」
「残ってるけど…でも…あれと同じ色なんて、もう出せない。最後の最後で奇跡的に出てきた色だったの。それと同じものは…」
「わかるよ。まったく同じものを描けとは言わないから。もう一度、チャレンジしてほしい」
 隆の声のトーンが落ち着いている。いつもの夏美ちゃん、夏美ちゃん、というトーンとは全然違う。これは一大事で、隆にとっても夏美にとっても正念場なんだ、ということが伝わってきた。
 夏美の口の中はからからに渇いていた。
 今日の午後は、ひと仕事終えた気持ですっかり気分がよくなっていたのに。目を覚ましたら過酷な現実が待っていた。
 でも、やるしか、ない。
「…わかった。やってみる」
 自分の声に、身体が目を覚ますようだった。背筋を伸ばして、夏美は仕事部屋に行った。

 翌日の夕方。
「隆さん…で…きた…」
 徹夜をしてさらに十時間、夏美は新たに表紙絵を描きなおした。下絵ができていて、着色だけとはいうものの、そう思い通りの色が乗るわけではない。試行錯誤し、気に入る色が出るまで粘り、なんとか完成に辿り着いた。もちろん仮眠はおろか、食事も作る暇はなかった。
 隆は、出張明けの休暇をとっていて、夏美に飲み物を作ったり、片手で食べられるパンを買ってきたりとサポートしてくれた。
 お疲れ様、と言いながら、隆は、夏美から完成したパネルを受け取った。
「うん!いいじゃない。いい色が出てるよ。さすが、僕の奥さんだ」
「えへへ…そう言ってもらえると嬉しい…」
 笑いながら、床にへたりこむ。
「テイクアウトした夏美ちゃんの好きな柳井の和定食弁当があるから。食べる?」
 どちらかと言えば自炊派の夏美だが、柳井の和定食は別なのだ。出汁が効いた煮物は夏美のストライクゾーンど真ん中だ。
「食べる!」
 眠気も疲労もあったが、食欲の方が勝っていた。絵ができあがった達成感の中で好物が食べれるとなると、俄然、気持が浮き立つ。
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