御曹司は天使クラス ~あなたのエールに応えたい~
 M県には新幹線で五時間くらいかかる。るきちゃんとは誰だろう。
「それは」
「姪のるきちゃんに、夏美ちゃんが描いた最初の表紙絵を見せに行ったんだろう?」
 夏美は、あっ、と思った。確か、夏美が表紙絵を渡した時、戸坂が言ったのだ。姪もきっと喜ぶだろう、と。
 戸坂は、顔を強張らせて言った。
「ど、どこにそんな証拠が」
「天使の僕を舐めないでくれる。るきちゃんとはメル友なんだよ。表紙どうだった?ってメールしたら、しばらくして返事が返ってきたよ。『最高だったよ。紫色の髪の毛がいい感じ』ってね」
「あ…!」
 夏美は合点がいった。最初の表紙絵のいちごの髪の毛は紫色っぽいのだが、今日描きあげたいちごは青っぽい髪の毛になっている。たしかに姪のるきちゃんは、夏美の最初に描いた表紙絵を見ているのだ。
 つまり、夏美の最初の表紙絵がなくなった、というのは戸坂の演技だということだ。さすがに、夏美にも怒りがこみあがってきた。
「戸坂さん、どういうことなんですか」
 夏美が詰め寄ると、戸坂が会議室の机に手をついた。
「申し訳、ありません…!」
 戸坂の話を聞くと、事の次第がわかった。
 戸坂の姪で十二歳のるきちゃんは、心臓病で入院している。その手術が今日だった。命に関わるような大きな手術で、るきちゃん自身も不安がっていた。るきちゃんに、何か気が強くなってもらえることがないか、それを考えた時、思いついたのが夏美の表紙絵だった。るきちゃんは、『ICHIGOぶっく』の続編である小説版を楽しみにしていた。もちろん、その表紙も。そしてかねてから夏美の原画が見れる戸坂のことをうらやましがっていたので、写真ではなく、夏美のパネルそのものを見せようと思ったのだ。
 そして、隆が言った。
「ただ、タイミングが悪かった。夏美ちゃんが締め切りギリギリまで粘ったんで、るきちゃんに見せに行く時間がなくなった。戸坂はベテランの編集者だ。自分の個人的な理由で、印刷を先延ばしになんて、とてもできない。そこで思いついたのが、絵の紛失だ。絵そのものがなくなれば、一日くらいは先延ばしにしてもらえる。そういうことだよな、戸坂」
 戸坂は頭をあげずに、うめくように言った。
「その通りです…」
「お前の嘘のおかげで、僕の奥さんは血反吐を吐くような思いをして、二枚目の絵を描いたんだ。この落とし前、どうするつもり?」
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