冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
断罪のとき
「寒い……」

 とうとう雪が舞い出した暗い空を、そっと見上げた。こんな寒空の下を薄着でスリッパを履いて歩いているなんて、周りから変な目で見られているだろう。でも、今の私はそれどころではなかった。

「一矢さんに、会いたい……」

 行く当てなど、彼のところしかない。一度も訪れたことのない一矢さんの職場だが、方角ぐらいは知っている。この道であっているはずだと信じて、一歩一歩進んでいく。

 誰かに助けを求めればと一瞬考えたが、愛人の子である私に手を差し伸べてくれる人なんているわけがないという思い込みが邪魔をする。助けを求めた結果、再び心無い言葉をぶつけられたら……。そう考えただけで、怖くて仕方がない。

 それでも、最後まで抵抗したことだけは誇らしく思えた。

「一矢さん……」

 時間はどれほど経っただろうか。そんな感覚は早々になくなってしまった。
 一矢さんはまだ、病院で走り回っているかもしれない。早く、会いたい。

 寒さでかじかむ手に息を吹きかけるも、あまり効果はない。それどころか、耳が痛くなってきた。冷たい手で押さえても、痛みは和らぐどころか増すばかりだ。



「……ぅ……優……」

 感覚がマヒしてきたのだろうか? ついには空耳まで聞こえてきたと思った瞬間、背後から抱き着くように体を包み込まれて、足を止めた。

「優……」

「一矢、さん?」

 呆然と呟く私をさらに強く抱きしめるその感覚に、これは現実なのかもしれないと実感してくる。

「優、大丈夫か?」

 私の体を反転させた一矢さんは、素早く全身に視線を走らせながら自身が着ていたコートを私にかけた。
 ここまで全力で走ってきたのだろう。珍しく髪が乱れている。

「大丈夫か? なにかされていないか?」

 心配そうな顔をしながら、首元にマフラーを巻いてくれる。そうして再び抱きしめてくれた彼の温かさに、私の目から涙が溢れだした。

「良吾を呼ぶから、ちょっと待って」

 阿久津さんに連絡をした一矢さんは、彼がすぐ近くにいるから少し辛抱してくれと、道端へ促した。そのままそこに置かれたベンチに座ると、自身の膝の上に私を乗せて、ぎゅっと抱きしめてくれた。

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