冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
歪な新婚生活
 私は、夫となった人をなんと呼べばよいのだろうか……。
 同じ〝緒方〟になってしまった以上、名字で呼ぶわけにはいかない。おまけに初日から突き放されてしまったのだ。名前で呼ぶのもはばかられる。
 彼からは〝君〟と呼ばれるのみ。実父のように、高圧的に〝お前〟と言われないだけずいぶんましだ。

 そんな悩みと共に迎えた、新婚生活二日目の朝。支度を済ませてそっとキッチンに向かった私は、途方に暮れていた。

「朝食なんて用意したら、迷惑かな……そもそも、今は在宅かどうかもわからないし」

 もともと口数の多い方ではなかったが、唯一の話し相手だった母からも離れてしまえば、自然と独り言も増えるようだ。あまりよくない傾向かもしれない。

 一矢さんからは、問題行動を起こすなと言われただけだ。食事の用意や掃除、洗濯なんかについては、なにも言いつけられなかった。
 それから、外科医である自分は勤務体系が不規則で、休みの日であっても呼び出しがかかるぐらいだとしか教えられていない。

 そうだ! と思ってそっと玄関へ行ってみると、昨日はそこに置いてあった革靴が消えていた。ざっと見たところ、しまわれた様子もない。ということは、すでに出勤しているのかもしれない。

「はじめから朝食も出さなかったなんて……」

 提供したところで、食べてもらえるかなんてわからない。
 それでも、ここにいさせてもらうからには少しでも役に立ちたかった。

 一矢さんがもういないのなら仕方がない。必要かどうかはわからないが、せめて夕飯は作っておこうと密かに誓った。

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