冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 その瞬間、ガタリとなった音に思わずビクッとしてしまう。
 どうやら彼が起きてきたようだ。急いで部屋に入ろうとしたが、タイミング悪く一矢さんとかち合ってしまった。

「お、おはようございます。じゃ、邪魔してすみません」

 なんとかそれだけ言うと、彼の反応を待たずに逃げるようにして部屋に戻った。
 一矢さんの顔を見る余裕など、少しもない。彼がかなりな高身長でよかった。見上げない限りは目が合わないのだから。

 ベッドにもたれて床に座り込むと、バクバク鳴る胸元をぐっと押さえた。
 一瞬だったとはいえ、不快に思われてしまっただろうか。

 耳を澄ませていたが、彼の立てる生活音はほんのわずかしか聞こえず、なにをしているかまではまったくわからない。
 まるで息をひそめるようにしてじっとしていると、しばらくして玄関へ向かう足音が聞こえてきた。

「行ってくる」

 今のは空耳だろうか?
 いや。もしかしたら、誰もいなくとも声をかける習慣があるのかもしれない。私たち母娘のように。

「行ってらっしゃい」ぐらい言うべきではと思い至って、急いで部屋の扉に手をかけたと同時に、玄関がパタリと閉まる音が聞こえてきた。

 間に合わなかった……。

 ううん。これでよかったのかもしれない。出かけに不快になる存在など見たくもないはずだ。

「はあ」

 ようやくほっとすると、思わず息を吐き出していた。

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