冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 態度を軟化させた一矢さんだが、それは決して私に好意を抱いたからではないのかもしれない。たぶん、感謝の気持ちからだろう。だって、一矢さんには本命の女性がいるのだから。私に特別な気持ちを向けるわけがない。

 お相手のことを思うと、以前は申し訳なさでいっぱいになるばかりだったのに、最近はそれとは明らかに違う痛みに襲われる。

 この痛みはなんなのか。最初は気がつかないふりをしてきた。数少ない、自分によくしてくれる人だから、彼を取られたくないという浅ましくも未熟な独占欲だと思い込もうともしてきた。

 けれど、どんなにそう自身に言い聞かせても、自分には手に負えない思いがどんどん膨らんでいくばかり。


 一矢さんが好き。


 一度そう認めてしまえば、もうごまかしなんて通用しそうにない。

 思えば嫁いできてそれほど時間が経たない頃から、その気持ちは芽生えていたのかもしれない。

 私を疎んでいるであろう彼が、私が作った料理に手をつけて礼まで伝えてくれた。その優しさが嬉しくて、少しでも役に立ちたいと思った時点で、少なからず一矢さんが自分にとって特別な存在になっていたのだと思う。

 一矢さんがずっと冷淡な姿勢を貫いていれば、こんなふうには思わなかっただろう。
 でも、彼の態度は違った。他人行儀だったとはいえ、それ以降はあれほど冷たい態度を見せるなんて一度もなかった。最近では気を許しているとすら感じている。

 そんなふうにされれば、勘違いせずにはいられなかった。

 ただ……。
 私では彼の特別になれないと、わかっている。

 仕事熱心な一矢さんに疑いの目を向けるわけではないが、彼の帰宅が遅い夜は、もしかしたら女性のもとへ行っているのかもしれない。私にそれを咎める権利などないのに、どうしても考えてしまうのだ。
 そして、その可能性がゼロではないという事実がたまらなく辛い。

 それに、彼が私に対してどこか申し訳なさそうな表情を向けているのにも気づいている。
 
 私は都合よく家事をこなす妻でしかない。一矢さんの役に立てているのなら、それだけで十分だと思わないといけない。
 だって彼は、ずいぶん恵まれた生活を保障してくれているのだから。


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