冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
誤解が解けるとき
 一矢さんに名前で呼んで欲しいと言われて以来、彼の様子がますます変わったように思う。私に対する刺々しさは、まったくなくなった。

『優。俺が在宅時であっても、遠慮して自分の部屋にこもる必要はない。ここはもう優の家でもあるんだ。もっとリラックスして過ごしてくれると嬉しい』

 私がそうしても、一矢さんは不快に思わないのだろうか?
 そう尋ねることこそ不快にさせてしまいそうでなにも言えずにいると、彼は私の気持ちに気づいてくれたようだ。

『ここまで俺に尽くしてくれる優には、感謝こそすれど厭うわけがない』

 その言葉で、やっとほっとした。

 それ以来、私が起きている間に一矢さんが帰宅をすれば、夕飯を温めるぐらいはさせてもらっている。さすがに、彼が食事をしている間中一緒に過ごすのはどこか気づまりで、そのまま部屋に戻ってしまうのだが。

 それから、出かけや帰宅の挨拶もできる限り返すようになった。まだその場に駆けつける勇気はないが、聞こえたときには部屋の中から返すようにしている。私の部屋は玄関からほど近いのだ。おそらく彼にもこちらの返しが聞こえているだろう。

 正直、一矢さんとこんなやりとりをし合える仲になるとは思ってもおらず、戸惑いもあった。けれど、それ以上に喜びを感じていた。
 彼が私を気遣ってくれるのが嬉しい。自分が特別な存在になった気にさせてくれる。
 
 異性と接する経験がなさすぎるせいで、少し優しくされたぐらいで舞い上がってしまっているのかもしれないとも思う。

 これまでの人生の中でいつだって私は疎まれる存在で、忌まわしい〝愛人の子〟でしかなかった。そうやって軽んじられるのには慣れている。
 でも、大切に扱われるなんて経験はほとんどなくて、どうしてよいのかわからなくなってしまう。思い上がって、いろいろと勘違いしそうだ。

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