冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 簡単には割り切れそうにない思いを抱きながら、いつものごとくひとり部屋で過ごしていると、一矢さんの足音が近づいてくるのに気がついた。夜にもかかわらず玄関に向かっているのは、病院から呼び出しがかかったからだろうと思ったが、やけに落ち着いた様子だ。

 彼の動向に神経を尖らせる習慣は、まだ完全にはなくならない。そんな中、その足音が私の部屋の前でピタリと止まったものだから、一気に緊張感が高まった。

「優」

 突然に呼びかけに、胸が高鳴った。彼が優しい声音で私を呼ぶと、途端に落ち着かなくなってしまう。
 すぐに返事をできないでいると、一矢さんがそのまま話しを続けた。

「明日は仕事が休みなんだが、少し、優と話がしたい」

 一体なんの話をされるのだろうか?
 少しだけ強張ったような声音からすると、決して軽い話ではないのだと想像がついてしまう。もしかしたら思いを寄せる女性絡みなのかもしれないと、思わず身がまえた。

「もう寝てしまったかな?」

 いろいろと思案しているうちに、ますます返答に間が開いてしまった。それを埋めるように、一矢さんがさらに尋ねてくる。
 本当なら扉を開けて顔を覗かせるべきだろう。でも、そこまでの勇気は出せそうにない。

「ご、ごめんなさい。まだ起きています。あ、明日ですね。大丈夫です」

「そうか。ありがとう。じゃあ、今晩はゆっくり休んで。おやすみ」

「おやすみ、なさい」

 去っていく足音を聞きながら、一矢さんはなにを話したいのかと考えそうになって頭を振った。
 ひとりで考えていても、碌なことを思いつかない。女性や子どもの存在をどう打ち明けられるのか。いつ離婚を切り出されるのか。そんなマイナス思考ばかりに襲われそうで辛くなってくる。
 
 振り切るようにしてベッドにもぐり込むも、神経が高ぶった状態ではすぐに寝られそうにない。
 明日、どんな顔をしてこの部屋を出ればよいのか。訪れない眠気に焦れながら、体をぎゅっと丸めて目を閉じていた。

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