冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 翌朝は、いつも通り早い時間に目が覚めていた。昨夜はかなり遅くまで起きていた記憶があるから、おそらくそれほど眠れていないはずだ。それでもなぜか、頭はすっきりと冴えている。

 いつものようにと心がけながら、キッチンに向かう。なにか少しでも変えてしまえば、この生活が終わりを迎えてしまうようで怖くなってくる。
 今日の一矢さんは休みだと言っていたが、これまで私は、彼の予定に合わせて自分のリズムを崩しはしなかった。だから、このままいつも通り……。

「おはよう、優」

 自分でも気づかないほど緊張していたようだ。私の耳には、一矢さんの足音がまったく聞こえていなかった。朝の静寂の中に突然響いてきた穏やかな声音に、思わずビクリとしてしまう。

「お、おはよう、ございます」

「驚かせてしまったかな」

「いえ……」

 否定はしたものの、見抜かれていたのだろう。一矢さんがくすくすと笑っている。その意外な様子に、思わず目を見張った。

「悪い。朝食の準備だよね? 手伝うよ」

 もっと遅くていいとでも言われるかと思ったが、まさか手伝いを申し出てくるなんて思ってもみなかった。
 一矢さんをチラリと見た。彼の口元は緩く弧を描いており、その優しい雰囲気にドキリとした。

「あ、ありがとう、ございます」

 ご飯は目覚めてすぐにセットしておいたから、炊き上がるまでにおかずの用意をしていく。

「今日は、優の卵焼きを食べたいな。うちではいつも甘い味だったが、君の作る出汁のきいた卵焼きが最近お気に入りでね」

「い、一矢さんに気に入ってもらえて、嬉しいです」

 単純なもので、こんな些細な言葉に浮足立ってしまう。

 名前を呼ぶには、未だに恥ずかしさが伴う。それでもなんとか私が素直な気持ちを伝えれば、最近の一矢さんは笑みを返してくれる。
 その表情がすごく眩しくて、鼓動が激しくなってくる。このままでは一矢さんに聞こえてしまいそうで、思わずそっと胸元を押さえた。

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