冷徹外科医と始める溺愛尽くしの政略結婚~不本意ながら、身代わりとして嫁ぎます~
 すべての支度が整うと、向かい合わせに席に着いた。
 食事もここでとればよいと言われて実行してきた。それでも、一緒に食べる機会はわずかしかなかった。だからまったく慣れていなくて、どこを見てよいのかがわからない。

 勇気を出して視線を上げると、視界に映った一矢さんが私に向ける視線は、すごく穏やかでドキリとした。
 
 彼は、この名前のつけられないような関係を受け入れてくれているのだろうか。

「いただきます」

 共に手を合わせて食事を始める。一見したら、なんら変哲のない夫婦の朝食風景そのものだろう。
 もともと口数の少ない私からは、よほどでない限り話しかけない。一矢さんにしてもそうなのだろう。友人の阿久津さんに対してはそれなりに砕けた口調で話していたが、普段の様子を見るにおしゃべりというわけでもなさそうだ。
 食器を上げ下げする音が、けがやけに大きく響いている。

「うまいな」

 不意に発せられた一矢さんの声に思わず視線を上げれば、彼は満足そうに顔を綻ばせていた。

「優の作る料理は、優しい味がする」

 母と暮らしていたとき、食事の用意をするのは圧倒的に私の方が多かった。慣れているとはいえ、贅沢なものは作れない。ありあわせの材料で用意した料理にそんな感想をもらえるとは思っておらず、嬉しさと気恥ずかしさで頬が赤らんでいくのがわかる。

「あ、ありがとうございます」

「作るのに、慣れているんだな」

「家でも、私が作ることが多かったですから」

「そうか」と頷く一矢さんだったが、そこでハッとした。
 三橋家の娘という立場でありながら、自身で食事を作るなんて普通ではない。家事はすべて使用人がしている家なのだから。あの家が一般家庭とは違うと実際に見て知っていたはずなのに、油断して失態を犯してしまった。

 しまったと不安になりながらチラリと一矢さんを伺ったが、彼はさほど疑問に思わなかったのか、変わらない表情で食事を続けている。

< 85 / 150 >

この作品をシェア

pagetop