極上悪魔な弁護士が溺甘パパになりました
 彼にとって今の繭はいきなり大きな声を出したおかしな女でしかないのだろう。繭は顔を下に向けて「失礼しました!」と短く告げてそそくさと逃げ出すように店を出る。

「ふぅ」

 繭は大きく息を吐いて脱力した。

(び、びっくりした。まさか高坂先生に遭遇するとは!)

 彼はきっとこれから二次会に行くところなのだろう。合間にわざわざコーヒーショップに寄るほどのコーヒー好きだったとは知らなかった。

(ブラック派かな、お砂糖入れる派かな?)

 そんなことを考えて、繭はそっと店内を振り返る。背の高い彼の後ろ姿を確認したところで、急にむなしくなった。

(やっぱり、顔も認識されていなかったな……)

 そうだろうなと予想はしていたが、思っている以上にショックを受けている自分に驚く。じんわりと涙がにじみそうになって、繭は慌ててブンブンと頭を振った。

(最後に近くで顔が見られただけでも、ラッキーだったじゃない!)
 
 こうして、繭の恋愛未満の淡い憧れはほろ苦い思い出を残して終わる……はずだったのだ。まさか、樹にキスをされ、その衝撃で彼のスーツにコーヒーをぶちまけるなんていう事態におちいるとは想像もしていなかった。
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