極上悪魔な弁護士が溺甘パパになりました
「繭」

 自分を呼ぶ樹の声に繭は慌てて涙を拭う。彼が自分を呼び捨てにするのには、すっかり慣れた。返事をすると、樹は弾んだ声で言う。

「明日三人で水族館に行かないか? 旬太がイルカに興味あるって」
「い、る、か!」

 旬太は樹の膝の上で『イルカの親子』という絵本を広げて指でなぞりながら、穴が開くほどまじまじと見つめている。

「あ。それなら私ひとりでも――」

 大丈夫と言おうとした繭の言葉にかぶせるように樹は言う。

「ダメ。俺も行きたいから」

 子どもみたいな樹に繭はふっと笑みを漏らす。三人で水族館、うれしくて幸せで……けれど、胸が締めつけられるように痛んだ。

「先生、じゃなかった。樹くんは、どうしてここまで親切にしてくれるんですか? 以前の樹くんはこんなふうじゃなかった気がして……」
「昔の俺はどんなふうに見えた?」

 失礼だろうかと思いつつ、繭はずばり言った。

「樹くんの周りには強固な壁があって、誰も侵入できない……って感じに見えていました」

 難攻不落の砦の奥にずっと彼はいたのだ。でも、今の彼は門を開けて外に出てきてくれているように繭には見える。それを聞いた樹はクスクスと楽しげに肩を揺らす。

(そんな笑顔、見せないで。ダメだとわかっていても、どうしようもなく胸がときめくから)
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