彼と私のお伽噺



「ん、サイン」

 婚姻届になかなか名前を書こうとしない私に、昴生さんがボールポンを握らせる。それから、顎でしゃくるようにして用紙への記入を促してきた。

「考える時間とかくれないんですか?」

「何を考えることがあるんだよ」

「考えることばっかりですよ。だって、これに署名して役所に提出したら、私は昴生さんの奥さんになっちゃうんですよ?」

「そうだな」

「そうだな、じゃなくて。昴生さんこそよく考えたんですか? 別に結婚しなくても、昴生さんの家事手伝いはできるじゃないですか」

「それは俺が日本にいればの話だろ」

「そう、ですけど……。昴生さんは私をニューヨークに連れて行く手段として結婚しようとしてるだけで。私を連れてって、家政婦代わりに使いたいだけですよね? 別に、私のことが好きで結婚したいわけじゃ────」

 最後まで言い終わる前に、昴生さんが椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。

 ただならぬ気配にビクッと肩を揺らすと、彼が歩み寄ってきて、テーブルと私が座る椅子の背もたれに手をつく。

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