契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした
 ロビーの中には槙野のその整った風貌と、スマートなスーツ姿にくぎ付けになっている女性が何人もいる。
 つい、美冬は近寄ってくる槙野をじっと見てしまった。

「どうした? 怒ってんのか?」
「いえ……槙野さんって目立つのね」
「その言葉そっくり返そう」

 槙野がロビーに入ってきたとき、美冬は目を伏せて時計を見ていた。長いまつ毛が目元に影を作っていて、そのうつむいた仕草が綺麗で自分のほうこそロビーの注目を集めていたのに、気づいていないのだろうか。

 さらりした茶色のロングヘアにベージュのスーツと、紺色のブラウス、首元の品のあるパールのネックレス。零れ落ちそうに大きな瞳は相変わらず表情豊かだ。

 槙野を見つけた時、美冬の口角が少しだけきゅっと上がったのがとても愛らしくて、そんな表情を向けられたことに喜びを感じなかったといえば嘘になるのに。

 贅沢を言えば、満面の笑顔で迎えてくれたら嬉しいけれど、そんなことは夢のような話だ。
 けれど、契約婚を決めたことを槙野は後悔はしていない。

 契約でもなんでも、手に入れたものは大事にする主義だ。
< 69 / 325 >

この作品をシェア

pagetop