冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


「さっきの、聞こえていたんだろ」

「さっきの?」

「俺と美香の会話だよ」


 図らずもリビングから聞こえてきた話題が頭をよぎって、つい頬が熱くなった。

 その様子に全てを察したらしい椿さんは、運転席から身を乗り出して私に向かい合う。

 今から大切なことを言ってくれる。ふたりの間の空気感で、それはすぐに伝わった。

 初めて見る真剣な表情は少し緊張している様子で、こちらまでドキドキしてしまう。

 椿さんの低く甘い声が、たしかに届く。


「俺は、仮面夫婦の掟をとっくに破っていた。人生で初めて、自分より大事にしたいと思える存在に出会えたんだ」


 そっと手を取られて、骨張った長い指が絡められる。


「俺は藍を愛してる。仮面夫婦じゃ満足できないほどに。久我の名前ではなく、いつも俺自身を見て支えてくれる藍の心が欲しい」


 緊張が最高潮に達した瞬間、嘘偽りのない、純粋で熱い想いが紡がれた。

 手を握り返すと、切れ長の瞳を縁取るまつ毛がぴくんと動く。


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