冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


 会話をする余裕もなく、お互いの呼吸が熱い。何も考えられない。

 そのとき、ガクンと椅子の背もたれが倒れ、バランスを崩した椿さんが私の上に覆い被さる。

 無意識に手に力が入って、私がレバーを倒してしまったようだ。

 押しつぶさないようにとっさに顔の横へ手をついた椿さんは、頭上からこちらを見下ろしてささやく。


「大丈夫か」

「うん。平気」


 短い会話の後、ゆっくり体を起こされて、座席を戻す。運転席で息を吐きながら前髪をかき上げる姿を直視できない。

 びっくりした。私が私じゃないみたいだった。

 ずっと離れたくなくて、気持ち良くて、ふわふわした好きという気持ちだけがそこにはあった。

 なんとも言えない甘く落ち着かない空気が車内に漂ったとき、椿さんが気を使って話題を振る。


「そうだ、藍。これをレストランに忘れていっただろ」


 後部座席から取り出して手渡されたのは、愛用している手帳だ。書き込まれたレシピのメモが挟まっているし、間違いない。

 でも、どうして?

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