冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした


「……藍? どうしたんだ、明かりもつけずに。外はもう真っ暗だぞ」


 扉が開いて、声をかけたのは椿さんだ。いつのまにか日が落ちて、時刻は十九時になっていた。

 電気をつけた先で、散乱したスケッチブックのページを見て、ただならぬ気配を察したのか、彼の表情も険しい。

 彼の顔を見た瞬間、張り詰めていた感情の糸が切れた。

 無意識にポロポロと涙が頬を伝い、椿さんはギョッとする。


「どうした? なにがあった?」


 駆け寄って背中を抱かれ、声が震えた。


「コンテスト、だめかもしれない。私のケーキが出せなくなっちゃった。締め切りまであと一ヶ月もないのに、今から新しいものを作っても、間に合わせの駄作だわ」


 椿さんは泣いている私をなだめながら、涙が止まるまで背中を撫でてくれる。


「落ち着いて説明してくれ。ケーキが出せなくなったって、一体どういう意味だ?」


 呼吸が落ち着いた後、私は催事場での出来事を全て説明した。順を追って理解した様子の彼は、自身の顎に手を当てて神妙な顔をする。


「レシピは無くさないように手帳に挟んであったし、宇一さんに見せたことはないの。単なる偶然だとしても、このままのレシピじゃ審査には出せない」


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