冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
『アンジュって、日本じゃ有名な洋菓子店だろ? 俺、好きなんだ。三年前に食べたパウンドケーキが忘れられなくてさ』
ニューヨークで出会ったのが今から五年前で、そこから三年前だと、ちょうど彼が大学生だった期間と被る。
差し入れをされたお菓子の話題と、過去の会話が繋がった。
「パウンドケーキが忘れられないって、入院の差し入れだったのね。私、アンジュで働き始めた頃、パウンドケーキを担当させてもらっていたの。卵を割ったり、材料や器具を用意したり、それしかやらせてもらえなかったけど」
「そうだったのか。じゃあ、俺は間接的に藍に助けられたんだな……って、俺、パウンドケーキの話を前にしたか?」
不思議そうに尋ねられて、ぎこちなく頷くしかできない。
椿さんが覚えていない思い出に、私はずっと支えられてきた。
「思い出せないならいいの。昔の話だから」
「それって、どういう……」
そのとき、椿さんの持っていたスマートフォンが振動する。仕事の電話だ。
通話をする横顔は、すっかり仕事モードに戻っていた。