冷徹ホテル王との政略結婚は溺愛のはじまりでした
そこまで考えて、頭をよぎったのは椿さんの顔だった。
私は、没落令嬢だったから、彼と人生が交わったんだ。会話さえできないほど、住む世界の違いがある。
愛がない結婚でも、彼と出会えていなかったら、恋をしないと決めた私はずっと独身だったかもしれないな。
少しの間チャペルを眺めて、現実に引き戻された。
今の生活に、充分すぎるくらい満足している。これ以上を望むなんて贅沢よね。
ひとり、チャペルを出たとき、じわじわと汗ばむ暑い日差しが降り注ぐ。
一週間のうちにだいぶ夏らしくなってきたなと考えていると、ふと、背後から声をかけられた。
「藍」
低い男性の声だ。椿さんかと思って振り向くが、声の主を認識して体が硬直する。
緩くパーマをかけた茶髪に、がっしりとした男らしい体つきの彼は、忘れもしない元彼の宇一さんだ。
別れてから五年の月日が流れたけれど、外見は変わっていない。捨てられた冬の記憶が蘇って、一気に体温が下がった。