エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
でも、いつかはまたメールが来るかもしれないと、高校三年間ずっと待ち続けていた。
大学に入ってからは諦めていたけど、頭のどこかにいつも朔がいて誰を好きになることなく、付き合うこともなかった。
「それが結婚とはね」
私は広いバスタブに浸かりながら、久しぶりに宝箱の底にしまっておいた恋の記憶を呼び起こしてため息を零す。
「しかも初恋で初体験の男とか」
世間的にはなんてハッピーな展開。乙女心も刺激される夢のような話ともいえる。事実、ちょっと浮かれたところはある。音信不通にされたことで今更何よと思う反面、やはりあの恋は特別だった。
あれほど他人を恋しがったことも、自分のことをそっちのけにして考えたこともない。思春期特有の青臭い、『恋に焦がれる』と揶揄されるかもしれない。だけど、あの頃は朔が私の世界の中心だった。
「朔め……いきなり現れてさー。メール待ってたのにさー」
独り言を垂れ流しながら湯舟の中で足をバシャバシャ動かす。
十年以上会っていない彼は口数が相変わらず少ない。朔の縁談話がどうなったのかと訊こうとしたら、「さっさと風呂入ってこいよ。俺仕事あるから」と自室に閉じこもってしまった。
あの淡泊さ。やはり、私への気持ちがあるとは思えない。でも、結婚してしまったし、せめて、朔の邪魔にならないように生きていくのが努めだろう。
「さっさと上ろう」
浮気現場が風呂場だったことから、未だにお風呂が苦手だ。最初は長くいられなくて、本当にカラスの行水レベルだったのが、実家に戻り、徐々にマシになっていった。それでも、最初の頃は風呂から出てくる私があまりに気持ち悪そうで、母親が心配して脱衣所に待機することもあった。私も毎日それをしてもらうのも気が引けて、何とか気を紛らわすよう音楽をかけたり、アロマを落としたりして悪い記憶から遠い環境を作っていった。
今日は、お風呂場を開けて驚いた。いい香りのする入浴剤が入れられていた。多分、ローズだと思う。
お母さんから聞いたな。
それを何も言わずにやる朔の優しさに感謝しながら朔との思い出を懐古すると、恐怖も悲しみも湧き上がってこなかった。
少しずつ、受けた傷が新しい環境に覆われて薄れていって忘れていく。こう考えると、思い切って結婚してよかったのかもしれない。
お風呂から上がり身体を拭いてパジャマを着るとスキンケアをする。
髪を乾かして、廊下を歩いて奥のリビングのドアを開けた。お風呂に入る前と同じ明かりはついているけど、朔はいない。ただ、何も乗っていなかった木製のダイニングテーブルにメモが一枚載っていた。
『冷蔵庫の中身とか好きに使っていいから』
綺麗というよりは、男らしい角ばった文字。中学の時と同じすぎて、これだけでじんと胸が痺れた。
朔の仕事部屋はリビングの隣。ドアの向こうは静かで、声をかけるのはやめた。
私はおずおずとメモを元の位置に戻す。キッチンの冷蔵庫を開けてペットボトルの水を一本取り出して、またダイニングテーブルの前に戻ってくる。見回してテレビの横にあったボールペンを取り、メモに書き加える。
『ありがとう』
自分の丸っこい小さな文字が朔の文字の下に並ぶとそわそわとむず痒くなる。私は逃げるように冷えたボトルを胸に抱えて、宛がわれてた部屋に身体を向けた。
大学に入ってからは諦めていたけど、頭のどこかにいつも朔がいて誰を好きになることなく、付き合うこともなかった。
「それが結婚とはね」
私は広いバスタブに浸かりながら、久しぶりに宝箱の底にしまっておいた恋の記憶を呼び起こしてため息を零す。
「しかも初恋で初体験の男とか」
世間的にはなんてハッピーな展開。乙女心も刺激される夢のような話ともいえる。事実、ちょっと浮かれたところはある。音信不通にされたことで今更何よと思う反面、やはりあの恋は特別だった。
あれほど他人を恋しがったことも、自分のことをそっちのけにして考えたこともない。思春期特有の青臭い、『恋に焦がれる』と揶揄されるかもしれない。だけど、あの頃は朔が私の世界の中心だった。
「朔め……いきなり現れてさー。メール待ってたのにさー」
独り言を垂れ流しながら湯舟の中で足をバシャバシャ動かす。
十年以上会っていない彼は口数が相変わらず少ない。朔の縁談話がどうなったのかと訊こうとしたら、「さっさと風呂入ってこいよ。俺仕事あるから」と自室に閉じこもってしまった。
あの淡泊さ。やはり、私への気持ちがあるとは思えない。でも、結婚してしまったし、せめて、朔の邪魔にならないように生きていくのが努めだろう。
「さっさと上ろう」
浮気現場が風呂場だったことから、未だにお風呂が苦手だ。最初は長くいられなくて、本当にカラスの行水レベルだったのが、実家に戻り、徐々にマシになっていった。それでも、最初の頃は風呂から出てくる私があまりに気持ち悪そうで、母親が心配して脱衣所に待機することもあった。私も毎日それをしてもらうのも気が引けて、何とか気を紛らわすよう音楽をかけたり、アロマを落としたりして悪い記憶から遠い環境を作っていった。
今日は、お風呂場を開けて驚いた。いい香りのする入浴剤が入れられていた。多分、ローズだと思う。
お母さんから聞いたな。
それを何も言わずにやる朔の優しさに感謝しながら朔との思い出を懐古すると、恐怖も悲しみも湧き上がってこなかった。
少しずつ、受けた傷が新しい環境に覆われて薄れていって忘れていく。こう考えると、思い切って結婚してよかったのかもしれない。
お風呂から上がり身体を拭いてパジャマを着るとスキンケアをする。
髪を乾かして、廊下を歩いて奥のリビングのドアを開けた。お風呂に入る前と同じ明かりはついているけど、朔はいない。ただ、何も乗っていなかった木製のダイニングテーブルにメモが一枚載っていた。
『冷蔵庫の中身とか好きに使っていいから』
綺麗というよりは、男らしい角ばった文字。中学の時と同じすぎて、これだけでじんと胸が痺れた。
朔の仕事部屋はリビングの隣。ドアの向こうは静かで、声をかけるのはやめた。
私はおずおずとメモを元の位置に戻す。キッチンの冷蔵庫を開けてペットボトルの水を一本取り出して、またダイニングテーブルの前に戻ってくる。見回してテレビの横にあったボールペンを取り、メモに書き加える。
『ありがとう』
自分の丸っこい小さな文字が朔の文字の下に並ぶとそわそわとむず痒くなる。私は逃げるように冷えたボトルを胸に抱えて、宛がわれてた部屋に身体を向けた。