エリート弁護士は契約妻と愛を交わすまで諦めない
ありそうなことを思い浮かべていると、神崎さんが私の顔を覗き込む形でさらに身を屈める。
「ちょっと、相談乗ってもらってもいい?前田さんも他人事ではないし」
「え?わ、私でよければ」
「ありがと。あ、この近くにいい蕎麦屋があるんだ。そこでいい?」
「はい、お蕎麦好きです」
「よかった。穴場だからうちの社員はいないはず」
他人に聞かれたくないことの相談相手が私でいいんだろうかと不安になりつつも、神崎さんの誘導のもと古びたお蕎麦屋さんの前についた。
年季が入った店構えだったけど、中は小奇麗な内装で、カウンター席の他に店内の奥が座敷でちゃんと個室になっている。常連なのか、神崎さんの顔を見た途端、店員さんが座敷へと誘ってくれた。
老舗っぽくて、けっこういい店……。
お値段も普通の蕎麦屋よりも高い。ここで奢ってもらうなんて。いや、そもそも私は副社長のお悩み相談に対していい答えが導き出せるのか……。
「どうするー?寒いし、かけ蕎麦にする?あ、天ぷらつけ……」
「い、いいえ!シンプルなかけ蕎麦で!」
私はメニューで一番安いかけ蕎麦を指さした。注文をしてから待つ間、恐縮する私。打って変わって神崎さんはお手拭きで両手を拭きながらリラックスした様子で座椅子の背凭れに身を任せる。
「前田さんのところはうまくいってるの?」
「私のところ?」
「社長の息子と」
「えっ……私のこと知ってたんですか!?」
「まぁ、俺これでも副社長だしさ。社長の身内のことは聞いてる」
そう言われればそうか。総務部が知っていることを副社長が知らないのも体裁が悪い。口外しないでいてくれているのなら、問題は特にないけどいきなり言うから驚いた。
「私のところは大した変化はなく。最近、忙しくてあまり話せていないんですが……」
そう、接触時間がすごく減っている。
朔は私が京子さんの会社でバイトをすると聞いて、最初難色を示した。
せっかく体調も戻ってきたのに、負荷をかけていいのかと思ったらしい。そこを私がやってみたいとごり押しして、「無理ない程度で」と認めてくれたまではよかった。
私のバイトを始めた時から朔の仕事もさらに忙しくなった。連日深夜帰り。場合によっては泊まりの時もあって、土日の休日もない状態だ。
「仕事かぁ。弁護士だもんなぁ」
「そうなんです。しかも、私、家事能力が低いというか、あまり料理もうまくないですし。健康面とか心配だからちゃんとした料理作れるようになりたいんですけど、作っても上達しなくて」
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