「私の為に、死んでくれませんか?」 ~君が私にキスしない理由~
信じがたいけど、本人がそういうならこれ以上聞きたくない。そういえば、私、タブレットどうしたっけ?タブレット無くしたら、私が弁償することになるの?給料から引くとか?ーこういうサラリーマンらしきことで悩んでいると、ぼそっと社長が質問した。


「大丈夫か?」

「え?ええ…痛いですけど、これくらい…」

「違う、聞いてるのは「心」の方だ」


意外な質問に、私は目を大きく開いた。そうだ、とてもショックだった。人の「死」にはいろんな形があることを、私は忘れていた。少年の悲鳴やあの男たちの笑い声、赤く染まったスニーカー。何もかもが鮮明に浮かぶ。私は一瞬気持ち悪くなり、何度も深呼吸して気持ちを落ち着かせるよう努力した。それでも一旦高まった気分は簡単に落ち着くことができず、結局私は涙を流してしまった。

野島先輩のことを頼りないとか思ったけど、そんなことなかったんだ。先輩はもう、いや…これ以上に残酷な場面を沢山見てきたはず。それでもこの仕事を数年間やり続けているってことは、何だかんだ言って結局仕事をきちんとこなせているから、という結論になる。

(情けないとか思って、すみません。先輩…)

一旦始まってしまった涙はすぐ止まることもできず、少しづつ少しずつ顔をうずめていた背中を濡らした。それに気づいた社長が振り返ってこっちを見る。私はその行動に気付きながらも、あえて視線を合わせないようにした。社長は又顔を上げ、夜空を見上げる。都心から離れた山奥の綺麗な空気の中、月と星が更に明るく見えた。

そんな中、この人の声はとても淡々としていてーでも、どこか温かいところもあって。そう、まるで月明かりのように。


「そんなにショックだったのか?」


涙が止まらない。この涙は少年が可哀想だと同情したからか、それとも彼が残酷に殺される場面を目撃してしまったショックが大きいからだろうか。

ーいや、違う。私は悲しいのだ。

めそめそしながらも、私は自分の気持ちを口にした。

「…あの子が自分の母のことを大事に思っていたことが、きちんと届かずに終わったことが悲しいです」

少年は最後の瞬間まで母親のことを大事に思っていた。でも、その気持ちはお母さんに届くこともなく、虚しく終わってしまった。少年も可哀想だけど、残されたお母さんは、きっと自分が柄の悪い男と付き合ったことで息子を殺してしまったと、ひどく自責するに違いないー。そんなことが次々と頭の中をくるくるめぐり、どうしようもない激しい感情で胸がつかえる。


「私も、もしかしたら…前世であんな風に死んだのかもしれません。そう思うと、どうしても、悲しくなって…」


涙に濡れた声は、静かな山道の空気をとても重くさせた。もう自分の顔を拭くことも考えられないまま、私は思いっきり顔を背中に埋めた。もう結構シャツがびちょびちょになったけど、社長はそれについては何も言わなかった。

その代わりに、彼は私の脚を掴んだ腕にギュッと力を入れた。顔は見えないけど、私はなんだかこの人の今の表情を直接見たような気分になった。

社長は何かを言いたそうにして、結局口を閉じてしまうことを何回か繰り返した。数分の時間が経つ間、彼が選んで選んで口にしたのは、決して優しい言葉ではなかった。


「そんなことで一々ギャーギャー泣くくらいなら、君にこの仕事は向いていない。周りの同僚に迷惑をかけるだけだから。」

「……」

「我々の仕事はこういうことだ。死んでる人をピクニックでもいく気持ちで案内すればいいだけの話ではない。だから、辞めるなら今のうちだ」


ーそれでも、今の言葉は、以前のように気に触る程ではなかった。むしろ、この人の精一杯の配慮が伝わってきて、そこがありがたかった。
私ははっきり答えないまま、視線を下ろした。ただ背中をじっと見つめ、早く一人になりたいと思った。一人で考える時間が欲しかった。


「ちょっと、考えてみます…」
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