黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
「仕事終わらないの?」

「まぁ、今日は残業かと」

「ふぅん。で、どれ飲むの?」

八重樫君は私の隣に並び、腰をかがめて私の目線に合わせると紙パックのジュースを眺めている。

私はロイヤルミルクティーを指さしながら「これにしようかと」と答えた。

「分かった」

そう言うと八重樫君は、ロイヤルミルクティーとコーヒーを持ってレジに行き、精算を済ませてスタスタとコンビニを出た。

「あの、自分で買えます」

「うん、知ってる」

「じゃあ」

財布から小銭を取り出そうとすると八重樫君は「だからお金はいらない。鎌倉」とぶっきらぼうに言った。

諦めてなかったのか。

「そんなに行きたければ八重樫君と一緒に行きたい子が沢山いるので紹介しますよ」

「やだ」

お姉ちゃんに向かって駄々をこねるような言い方だ。

500円玉を取り出し、八重樫君に渡そうとしたが、拳を作った手は開かれることなく結局お金は受け取ってもらえなかった。

翌日から毎日お昼から戻ると私の引き出しの中に貢物の飲み物やお菓子が入っていた。
そして貢ぎ物には『そうだ鎌倉へ行こう』と書かれた付箋が貼ってあった。

犯人は、あの子しかいない。

無視をしていたが、流石に4日目になると申し訳なくなり手渡す資料に付箋を付けた。

『お菓子と飲み物ありがとうございます。でも鎌倉は別の人と行ってください』

付箋を見た八重樫君は明らかに不服そうな表情を浮かべているが何も言わない。

諦めてくれたのだろうか。

夕方、トイレに行き、会議室の前を通ると不自然にドアが開いていた。中を見ると来客時に出されたであろう湯呑みが置かれたままだった。みんなトイレに立たないと思っていたらこういう事か。

片付けは若手の仕事だがこういう人に見られない仕事は嫌がる。
仕事よりも談笑に勤いそしんでいる若手に片付けてと言えたらどんなに楽なのだろうか。

新しい人が入ると暫くは片付けをしてくれるのだが、ある日からぱったり片付けなくなるのだ。
片付けは黒子ちゃんという暗黙の了解が広まっているとしか思えない。

「片付けてくれてありがとう」なんてお礼はまず言われない。
でも誰かがしなきゃ、次に使う誰かの迷惑になるのだ。

私は乱れた椅子を綺麗にして湯呑みを持ち給湯室でそれらを洗った。

そういえばみんな可愛いネイルをして少し欠けただけでも大騒ぎをしている。限られた給料で楽しむお洒落。
そうなるとこんな食器を洗ってはいられないのだろうか。

でもさ、これはその給料に計上される仕事なのだよと心の中で呟いて片付けを終えて給湯室から出ようとすると八重樫君が入ってきた。

八重樫君はちゃんと気が付いて自分のことでもないのにお礼を言うタイプなのかと心が緩んだが、どうも違う。

真面目な顔して近づいてくると、きましたよ、大人女性漫画の定番の給湯室壁ドン。

いくら違うと分かっていてもこんなイケメンに壁ドンされると幸せです。

「なんでダメなの?」

ダメって、そりゃあこんなところでイチャつくのは大人としてダメでしょう。
なんてズレたツッコミはいらないような真面目な顔つきだ。

「ただ行くだけじゃん」

やっぱりそっちですよね、鎌倉。
諦めてくれないのですか?
< 25 / 92 >

この作品をシェア

pagetop