黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
落ち着くと、何事もなかったかのように立ち上がり、身なりを整え、帰り支度を済ませたバッグを持ち、歩き出した。

「あれ? なんか怒ってる? ごめん、怒らないで、待って、双葉」

「会社ではその名前で呼ばないでください」

「……ごめん、二条さん。でも、俺はただ喜ばせたかっただけなんだ」

私の手を繋いで離さない八重樫君。

あんな事で誰が喜ぶ。

でも、私は八重樫君がだと分かった瞬間、助けに来てくれたヒーローだと思ってしまった。
ヒーローに本気で恋をしそうになった。頑張って堰せき止めていた物を一気に流してしまうところだった。

「二条さん、こっち向いてくれませんか?」

「無理です。今お見せできる顔じゃありません。すごく怒ってます。手を離してください」

「ごめんなさい。でも手は離しません」そう言う八重樫君を無視して私は無言で歩き出す。

すると、窓ガラスに写った自分とその後ろの八重樫君の顔が見えた。

八重樫君はなんでそんなに悲しい顔をしているのだろうか。
そんな顔をさせる私から何故八重樫君は離れないのだろう。

そして私は何故そんな顔を八重樫君にさせるのだろうか。

怖くて不安で八重樫君だと分かって安心して、涙が溢れ出しちゃって、見られるのが恥ずかしかっただけなのに。
自分の気持ちを八重樫君に知られるのが怖かっただけなのに。

「二条さん、泣いているんですか?」

ガラスに映る私は世界一不細工だ。
傲慢で、意地っ張りで、可愛くない。
自分が傷つくことを恐れて前に踏み出すことすら出来ない。

「私にっ……もうっ……構わないでください」

すっと繋いだ手が離れていく。

そうだそれでいい。私は黒子だ。キラキラした日常なんて不釣り合いだ。

暗闇に溶け込んでしまう私でいい。

誰からも見つけられずに、誰にも左右されずに、平穏な生活を送る。

暗闇に八重樫君の光は眩しすぎる。

暗闇が怖くなってしまう前に私は私を取り戻そう。

「ごめんなさい。俺はなんと言われても二条さんの傍に居たいです」

そう言うと八重樫君は私を後ろから抱きしめていた。
とても優しく包み込んでくれる。

どうしてこの人はこんなにも私と一緒に居たいと思ってくれるのだろうか。

なんの取り柄もない、30歳を過ぎた世界一不細工な女。

「二条さん。嫌だったら嫌って言ってくださいね」

そう言うと八重樫君は私を振り向かせ、お仕置きのキスをした。
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