黒子ちゃんは今日も八重樫君に溺愛されて困ってます〜御曹司バージョン〜
「あの、今日のことは誰にも……」

土曜は別人になりきって街を闊歩するこの幸せを奪われては困る。

いつもは見向きもしない男性達が、まるで芸能人でも見たかのように視線を注ぎ、声をかけてくる。

普段は年齢の負い目から好きな格好ができない分、この日だけは全て忘れてシンデレラ気分に浸る。
一瞬しか会えなかったからこそ王子はあんなに必死でシンデレラを探したのだ。

もちろん私にそんな王子が現れるなんて夢は見ていないが、そんな妄想に浸る時間が週に一度くらいあってもいいじゃないか。

だがしかし、八重樫君にしてみたら、普段地味な奴が休日に若造りして1人で映画を見ているという、ただただイタイ女なのである。

状況を客観的にみればみるほど死にたくなる。

そんな私に八重樫君は悪巧みを考えついたような笑顔を向けた。

「誰にも言わないよ。だって面白いから」

やっぱり悪魔だ。

「この後、どうする?」

「この後?」

私は釜茹でにでもされてしまうのですか?

「ちょっとカフェでも行かない?」

「あ、そっち。私は帰ります」

「なんかイヤらしい想像したでしょ」

「してません」

釜茹を想像していましたなんて言ったら今度はどんな誤解をされるのだろうか。

「みんなにバラされたくなければ付き合って」

付き合う? 急展開の告白ですか?

「カフェにね」

そうですよね。

近くのカフェに移動して、映画の感想を語り合っていると八重樫君が質問してきた。

「何の映画が一番好き?」

「あー、私の一番はマイナーすぎてほとんどの人が知らないので」

「うそ! 俺も。めっちゃいいのに知らない人多いんだよ」

それでもどうせメジャー作品だろうなと思いながらぬるくなったラテを口に入れる。

「いっせいので言ってみようよ」

なんですか? 少年のようなその微笑み。

でも私は知っている一瞬で心が奪われてしまいそうな屈託のない笑顔の下は悪魔だと。

だから私はあなたなんかに落ちたりしませんよ。

「私のは、本当に知らないと思うので」

「いいから、いいから。いっせいの」

前のめりの八重樫君の勢いに押され私は口を開いた。
< 8 / 92 >

この作品をシェア

pagetop