オスの家政夫、拾いました。3. 料理のガキ編
「私は一体お母さんの何なんですか?私はただのATMで、お金さえ稼げばなにをされても良いんですか?こんなに私に八つ当たりして一生いじめるくらいなら、一層どこかの孤児院に捨てればよかったのに!」

30年間ずっと言いたくて、でも結局言えなかった言葉。今までどれだけ酷い扱いをされても、それでも捨てられたよりはマシだとそう自分に言い聞かせてきた。なのに今日はもう我慢できなかった。血を吐くように叫び、続いて自分の周りに響くガシャンという音に、彩響はそのまま床に座り込んでしまった。食卓にあったお皿を思いっきり投げ捨てた母は、息を切らして娘を睨んだ。


「こ…この…母親に向かってなにを吐かすと思ったら…本気で気が狂ったの?」

「……」

「いいわよ。そんなに私と縁を切りたいなら勝手にしなさい。その前にあなたを育てるためにかかったお金全部吐いて。だったら私も文句言わずに消えてやるから」


周りに散らかっているお皿の破片や、もう元の形がなんだったのかも分からないくらいめちゃくちゃになってしまった料理たち。その全てがまるで自分の境遇のように見えてきて、彩響はもうそれ以上なにも言えなくなってしまった。どれだけ足掻いても、結局自分は母に愛されない。愛されることができない。最後の瞬間まで母は娘の気持ちより、お金の心配をしているから。

静かな空間に、母の荒い息の音だけが響く。彩響はただ頭を下げたまま、その音を聞いていた。永遠に続きそうなその時間は、ある声によって壊れた。

「ー彩響ちゃん」

聴き慣れた声に、母と彩響は同時に振り向いた。そこにはこの家の家政夫、林渡くんが立っていた。思わぬ人の登場に母が質問する。


「彩響、この子は誰なの?なんでここにいるの?」

「うるせえよ、クソババ」

「はあ?」


母の声を無視して、林渡くんが彩響のところへ歩いてくる。そして体を屈め、彩響の顔を確認した。あまりにも驚いて、声がでないまま、彩響がその顔を見つめる。すぐ林渡くんが体を振り向かせ、母を睨んだ。


「ここから出てけ」

「な、なんなのこのガキは?彩響、答えなさい!」

「俺が誰なのかどうでもいい。今すぐ出てけ、このクソババ!これ以上彩響ちゃんに何かしたら俺があんたをぶっ殺すから!」

「彩響!あんたなにやってるの!」

「あんたなんか母親でもなんでもない。ただの気狂い老いぼれだ!てめえの人生てめえがダメにしたくせに娘に責任転嫁するな!」


今の状況が頭に入ってこない。彩響は座り込んだまま、二人がお互いに向かって叫ぶのを見ていた。どれだけ叫んだのか、林渡くんがポケットに入れておいたスマホを出し、「110」と数字を画面に浮かばせ母に見せた。


「これ以上ここにいたら警察を呼んでやる!早く出てけ、早く!!」

「ちょ、なに、彩響!ぼうっとしてないでなんとかしなさい!彩響!」

「うるせえ!」


いくら母でも若い青年の力には耐えられず、母は林渡くんに押され、そのまま玄関の方へ向かった。遠くで玄関がガンと強く閉じる音がして、林渡くんがこっちへ戻ってきた。遠くで扉を強く叩いたり、蹴ったりする音が聞こえてくるけど、彼は全く気にならない様子で彩響の前に座った。そしてティッシュで彩響の髪を拭き始めた。あまりにも色々掛けられたせいで、そうすぐには綺麗にならず、結構時間がかかった。やっと正気に戻った彩響が質問した。


「林渡くん…どうして?まだ戻ってくるはずじゃ…」

「どうしても心配になって予定より早く戻ってきたよ。でも、どうせ戻るならあれこれやられる前に来ればよかった」

「……」

「彩響ちゃん、怪我してる」

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