同居人は無口でクールな彼



どうしてわたしばかり……

ここでうじうじしていても何も変わらないのに、涙は止まらない。


そろそろ止めないと……

泣いていたことがお母さんにバレてしまう。


そう思って、一呼吸置いた時だった。

ガラッと勢いよく教室の扉が開いたのは。



「……っ!」


驚いて体を震わせると、扉を開けた人物と目が合った。


「まだいたんだ……」


彼はわたしを見るなり、そうつぶやいた。

泣いていることに触れるわけでもなく。


何を質問するわけでもなく。

ただ、静かに教室に入ってきた。


「いつも泣いてるね、野々村鈴香(ののむらすずか)さん」


机の横にかけてあったお弁当の包みを取ると、彼はそれだけ告げて教室を出て行った。

彼は同じクラスの篠原翔哉(しのはらしょうや)くん。


今まで一度も話したことなんてなかったのに。

名前なんて憶えられてないと思っていたのに。


彼はわたしの名前を呼んだ。

しかもフルネームで。


それに、わたしが泣いていたことをどうして知っていたの?


“いつも泣いてるね、野々村鈴香さん”

たったそれだけの言葉なのに、わたしは嬉しかった。


わたしのことを知っていてくれたことも。

気にかけてくれたことも。


驚きと嬉しさで、すっかりと涙が止まっていた。





< 5 / 285 >

この作品をシェア

pagetop