偽装夫婦のはずが、ホテル御曹司は溺愛の手を緩めない

 けれど帰宅してスーツを脱ぎ、入浴後は朝しっかりとセットした髪も下り、あかりの作った食事を口にして微笑む響一の姿に強い緊張は感じられない。

 食事を終えてリビングのソファに座ったり寝そべったりして、本を読む姿や時々うとうとしている姿を見ると、彼もリラックスしているのだと窺える。

 もちろん自宅にいるのだからそれが当たり前の姿だ。しかし最初にあかりがこの家に来た頃の響一は家でも常に緊張している様子だった。あかりに気を遣うあまり、自宅にいるのにまったくリラックス出来ず、どこかそわそわと落ち着かない様子だった。

 だから今のようにゆったりと過ごす姿を見ると、ちゃんと休めるようになってよかったと思う。あかりの存在が空気と同等になって、いようがいまいが気にならなくなった証拠なのだろう。

「どうした? 最近よくボーッとしてるな」

 それと逆行するように、あかりは響一に対して次第に緊張感を覚えるようになってきた。

 ただ同じ空間にいるだけでも緊張してしまうのに、その距離がゼロに近づけば近づくほど、心拍数が上昇して呼吸が乱れ、変な汗をかくようになってきた。

 理由は響一が嫌で、一緒にいるのが苦痛だからではない。むしろその逆だ。

「ううん……なんでも、ないです……」

 首を傾げられたので、頭を振って彼の言葉を否定する。

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