一途な御曹司は溺愛本能のままに、お見合い妻を甘く攻めて逃がさない

 それから安曇さんに少し話をしたいと言われ、迷ったものの、人通りの多いカフェならいいと言って、近くのカフェのカウンター席に腰を下ろした。

 席に着くなり、すぐに安曇さんは口を開く。

「鷹也さんは、わがフェミル製薬の貴子さまとご婚約されていました。それを突然、鷹也さんから婚約破棄され、さらにその後、鷹也さんはあなたとご結婚された。この事実はご存知でしたか?」
「……え?」

「やはりご存じありませんでしたか」

 そう言って、安曇さんは息を吐いたと思ったら、突然一枚の紙を取り出して私の前に差し出される。

「こちらを」
「はい?」
「あなたと藤製薬に請求する予定の慰謝料です」

 紙を見ると、精神的苦痛に対する慰謝料とその金額が記されている。
 目のくらむような数字が……。

「こ、こんなのっ。え……?」

 全ての意味が分からなくて混乱する。
 そんな私に何の遠慮もなく、安曇さんは淡々と話をつづけた。

「貴子さまは、鷹也さんにたいしてではなく、鷹也さんを奪ったあなた自身と藤製薬にお支払いいただきたいとおっしゃっています」
「でもそれは……」

 私が口を開こうとすると、安曇さんはそのまま私の反論を切るように続ける。

「貴子さまと鷹也さんは、お二人ともお互いに思い合っておりました。きっと今も……。鷹也さんの一時の気の迷いで貴子さんと婚約破棄し、あなたと結婚され……。今はもう鷹也さんも後悔されているのではないですか? その証拠に、時間が経ってもあなたたちに子どもはできない」

 そのいい方にカチンと来たけど、
「そんなこと……」
 そんなことない、と明確に言い返せない自分がいる。

 私には鷹也さんの本心が分からないし……
 子どもができないことも事実だ。

「今なら間に合います。あなたから離婚を切り出してくだされば、鷹也さんも『すぐに』ご納得されるでしょう。貴子さんはそうして下されば、この慰謝料も0にしていいとおっしゃってくださっています」

 ぴしゃりと告げ、そのまま安曇さんは立ち上がって、離婚届を私に渡す。

「離婚届はこちらに。日本の本籍地に郵送またはお持ちください。あと、離婚後の藤製薬のことはご安心ください。悪いようには致しませんので」

 藤製薬の話まで出てきて、私は思わず眉を寄せる。
 藤製薬はフェミル製薬ともつながりがある。面倒を起こしたくないのは確かだ。

 私はどうしていいのかわからず、黙ってその請求書と離婚届を見つめていた。
< 64 / 108 >

この作品をシェア

pagetop