教育的(仮)結婚～残念御曹司（？）のスパダリ育成プロジェクト～

　まさか東京で、しかもこんな形で林太郎さんに再会するなんて思いもしなかったのだ。もちろん心の準備もできていないし、彼に何を言えばいいのかもわからない。

　挨拶することさえできず、私はただ立ち尽くしていた。

　すると林太郎さんは一歩前に出て、「突然すまない」と頭を下げた。

「あ、あの」

　私はやっとの思いで口を開いた。

「すみませんが、これから仕事なので」
「わかっている。だから来た」
「えっ？」

　次の瞬間、林太郎さんは身体が二つ折りになるほど、さらに深く頭を下げた。

「り、林太郎さん？」
「頼む、亜美さん！　今日は仕事を休んでくれないか」
「……仕事を？」

　一瞬、フェリチタ庭園を訪れた日のことが頭に浮かんだ。あの日も彼はいきなりサロンに現れて、私を連れ出した。

　けれども今の彼の様子は、あの時とは少し違っている。真剣なのは同じだが、もっと切羽詰まっているような――。

「休むのが無理なら、せめて午前中はラウンジに行かないでくれ」

　林太郎さんは頭を下げたまま、思いつめたような声で繰り返す。

「いきなりで本当に申しわけない。だが、お願いだ」

　話を聞いてほしいでも、一緒に来てほしいでもなく、仕事に、いや、『エクセレント・ラウンジ』に行くなと言っているのだ。突然いなくなった私を責めることもしないで。

　彼は自分のためではなく、おそらく私のためにこんなことを頼んでいる――なぜだかそんな気がしてならなかった。
　理由はわからないが、たぶん心配してくれているのだ……ものすごく。