教育的(仮)結婚~残念御曹司(?)のスパダリ育成プロジェクト~
 とはいえ、もちろん簡単に頷くわけにはいかない。

「東野様」

 林太郎さんではなく、東野様。
 そう呼びかけたのは、二人の立場と距離を改めて認識してもらうためだった。

 彼だって「亜美さん」と呼んでいたし、もうローマにいた時の二人とは違うのだ。
 私自身も胸の疼きを覚えながら、なるべくフラットに聞こえるように続けた。

「どうぞお顔をお上げください。ご要望は確かに承りました。ですが、そうしなければいけない理由を教えていただけませんか?」
「理由は……」
 
 林太郎さんがのろのろと上体を起こす。少し言いよどんでから、思い直したようにかぶりを振った。

「悪いが、それは今言えない。しかし今日は行かないでほしいんだ。頼む」

 莉奈ちゃんの話によれば、林太郎さんはしばらく前から『カフェ・ロマン』に通っていたという。
 あのカフェからは『エクセレント・ラウンジ』がよく見えるし、そこに出入りする私の姿も目にしていただろう。

 理由も告げずに姿を消し、連絡先も教えなかったのだ。彼が納得できないのも当然だった。
 私と話し合うつもりで、タイミングをはかっていたのだろうか。
 だとしたら、今は時間も場所も適当とは言えない。

 やはり別に理由がある気がした。
 仕事を休ませたがっているのは、もしかしたら私を何かからかばおうとしているからかも――。
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